東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)48号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。
1 原告は、原出願の出願当初の明細書には、本願発明について、具体的に開示されたと同視しうる程度の記載があると主張し、その根拠の一つとして、「約六Åないし約一五Åの均一な細孔を有する結晶性アルミノシリケートを担体として使用することは、原出願の出願当初の明細書によつてはじめて開示されたものであり、本願発明は、この新規な結晶性アルミノシリケートを担体とし、これに公知の触媒成分を担持させたものであるから、担体としての結晶性アルミノシリケートの役割は共通している。」旨主張する。
そこで、まず、原出願の出願当初の明細書の記載において、結晶性アルミノシリケートが、原告主張のように、単に担体として認識されているかどうかについて検討する。
成立につき争いのない甲第三号証の二(原出願の出願当初の明細書)によれば、原告が担体であると主張する「約六Åないし約一五Åの細孔をもつ結晶性アルミノシリケート」に関しては、同明細書に、次の内容の記載のあることが認められる。すなわち、(ⅰ)「例10」においては、「例4」で製造された約一三Åの均一な細孔開口を有する結晶性ナトリウムアルミノシリケートが、“触媒D”として、アルキル化活性度について試験されているところ、このナトリウム形態のアルミノシリケートがアルキル化触媒能をもつていること(二三頁)、(ⅱ)「例11」において触媒Dとして用いられているナトリウム形態のアルミノシリケートは、プロピレン重合能力をもつていること、(ⅲ)「例13」、「例15」及び「例16」においては、いずれも結晶性アルミノシリケート自体が触媒能を発揮していることが記載されている。
これに加えて、同明細書には、「本発明の触媒は、結晶性アルミノシリケートであつて、そして多数の金属あるいは水素陽イオンによりベース交換することができる。」(六頁八行ないし一一行)、「もし必要ならば、アルミノシリケートのナトリウム含量は、その後、イオン交換を行うことによつて、少なくとも一部分をマグネシウムのような適当な金属塩で置換しうる。しかしながら、ベース交換は、必ずしも必要ではない。」(九頁一〇行ないし一五行)などの記載がある。更に、同明細書の一二頁二行ないし一三頁三行には、炭化水素変換触媒を製造する一般的な概略の説明として、結晶性アルミノシリケートの製法が記載されている。これらの記載に徴すると、原出願に係る結晶性アルミノシリケートは、原告が主張するような単なる担体としてではなく、それ自体も触媒として認識されていたことは明らかであり、また、原告が触媒成分として主張する特定の金属及びそれらの陽イオン及び水素陽イオン(以下「金属成分」もしくは「金属触媒成分」という。)は、結晶性アルミノシリケート触媒の機能をより一層改善するための成分として用いられていることも明らかである。
一方、本願発明の明細書(成立について争いのない甲第二号証)を通してみても、本願発明における特定の金属及びそれらの金属陽イオン及び水素陽イオンよりなる触媒成分が新規な約六Åないし約一五Åの均一細孔を有する結晶性アルミノシリケート担体に担持されていることの開示はなく、むしろ、「この触媒は、アルミナ及びシリカ四面体が緊密に互いに連結しているアルミノシリケート陰イオンケージ構造物(alumino-silicate anionic cagestructure)からなる。水素あるいは種々な金属の陽イオンは、構造物全体に分散され、電気的中和が維持される。」(三欄四四行ないし四欄四行)との記載や、前述のとおり、本来、原出願の出願当初の明細書において、結晶性アルミノシリケート自体が触媒機能を有するものと認識されていたことなどを勘案すると、本願発明の「改良された触媒」とは、特定の金属及びそれらの金属陽イオン及び水素陽イオンによつて変性された結晶性アルミノシリケート触媒と理解するのが相当である。
したがつて、本願発明における結晶性アルミノシリケートが、触媒成分を担持するための単なる担体にすぎないとする原告の主張は採用できない。
2 次に、原告は、原出願の出願当初の明細書には、審決が認定し引用した記載の他にも、本願発明に係る触媒の製法、反応方法についての記載があるから、審決が、「前記金属群の一部を金属成分とする結晶性金属アルミノシリケートの触媒作用」に関しては、「概略的示唆」があるにすぎず、また、残余の金属を金属成分とする結晶性金属アルミノシリケートの触媒作用に関しては、全く記載されていないとしたのは、誤りであると主張する。
そこで、原出願の出願当初の明細書の記載内容を詳細に検討する。ところで、触媒の作用は、一般に極めて特殊なものであり、たとえ化学的性質が類似した物質であつても、触媒的性質が類似しているとは限らないものであることは、原告も自認するところであるが、このように予測性の乏しい触媒に関する技術的分野に属する事項に係るにもかかわらず、原出願の出願当初の明細書には、本願発明に相当する実施例を見いだすことができず、また、同明細書には、本願発明における各触媒とそれぞれの適用反応について、実施例に具体的に記載された触媒と同一の機構により触媒として有効に機能することを明らかにした記載はない。
前掲甲第三号証の二によれば、各触媒とそれぞれの適用反応について、原出願の出願当初の明細書には、次の記載のあることが認められる。すなわち、「クラツキングあるいはアルキル化型の炭化水素変換触媒に対しては、ナトリウムをマグネシウムで交換することが望ましい。また、芳香族化に対してはクロムあるいは亜鉛あるいは白金あるいはパラジウムで交換することが望ましい。そしてまた、ヒドロホーミングあるいはヒドロデサルフリゼーシヨン(hydrodesulfurization)に対してはコバルト、鉄あるいは白金で交換することが望ましい。」(一三頁末行ないし一四頁八行)。
原出願の出願当初の明細書には、右の記載のように、特定の金属及びそれらの金属陽イオン及び水素陽イオンの種類に対応した特定の適用反応が挙げられているところからみても、各触媒にはそれぞれの反応によつて作用効果にも大きな差異が存するものと理解される。すなわち、特定の金属及びそれらの金属陽イオン及び水素陽イオンの種類に応じた適用反応に対する選択性が存するものである。本願発明においては、特許請求の範囲に記載されたとおり、金属成分としては、「バナジウム、クロム、鉄、コバルト、ニツケル、銅、モリブデン、パラジウム、銀、カドミウム、タングステン、白金、水銀、鉛、希土類金属及びそれらの陽イオン」及び水素陽イオンが挙げられているが、これらのうち、原出願の出願当初の明細書には、前認定のとおり、金属成分がクロム、白金、パラジウム、コバルト、鉄など一部のものによつて交換された結晶性アルミノシリケートについて、その適用反応が概略的に記載されているにすぎず、その他の金属成分を含有する結晶性アルミノシリケート触媒については、その適用反応との対応関係が全く明らかにされていない。
この点、原告は、本願発明の特許請求の範囲に列記された金属については、そのアルミノシリカとの関係において、触媒としての性質、作用等が知られていたことを主張するが、成立に争いのない甲第四号証の一、二、第五号証、第六号証、第七号証の一、二、第八号証ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証ないし第一四号証、第一五号証と第一六号証の各一、二、第一七号証によれば、各甲号証の刊行物に記載されたそれぞれの触媒が適用されている反応と本願発明の明細書においてそれらに相当する金属触媒成分が適用されている反応とは相違している場合が少なくないことが認められるから、原告が主張するように、本願発明におけるすべての金属成分とそれらが適用される反応との対応関係が本願発明の出願前公知であつたということはできない。そして、それぞれの金属触媒成分は、それらが適用される反応に対して選択性をもつことは、すでに認定したとおり、原出願の出願当初の明細書の一三頁末行ないし一四頁八行の記載にも示唆されているところである。
右のとおり、原出願の出願当初の明細書には、本願発明における特定の金属成分を含有する結晶性アルミノシリケート触媒がそれぞれ特定の炭化水素の変換に使用できることが具体的に記載されていないから、本願発明の内容に照らしてみるかぎり、同明細書の記載は、極めて不完全なものであり、「本願発明における各触媒の使用条件、作用効果などについて原出願の出願当初の明細書には記載があつたものと認めるべきである。」とする原告の主張は、採用することができない。
3 したがつて、「本願発明は、原出願の出願当初の明細書に特許出願の対象となりうる程度に開示されていたものということはできない。」とした審決の認定には、何ら誤りはなく、これを理由として出願日の遡及を認めることができないとした判断も正当であり、審決には、原告主張のような違法はない。
三 以上のとおりであるから、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三三年五月一日、一九五七年(昭和三二年)五月一日、同年七月三一日及び同年八月六日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(特願昭三三―一二〇五二号、以下、「原出願」という。)をし、昭和四一年一二月三日、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第九条第一項の規定による分割出願として、名称を「改良された触媒による炭化水素変換法」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願をし、昭和四五年八月一〇日、特許出願公告(昭四五―二三八二八号)されたが、旭化成工業株式会社及び岡本富美子からそれぞれ特許異議の申立があり、昭和四七年一〇月三〇日、拒絶査定がされた。そこで、原告は、昭和四八年五月三〇日、特許庁に対し審判を請求し、同庁昭和四八年審判第三六九八号事件として審理されたが、昭和五一年一〇月一三日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされ、その謄本は、同月三〇日原告に送達された。
なお、原告のための出訴期間について三か月が附加された。
2 本願発明の要旨
炭化水素供給物を変換帯域中、上昇温度において、約六Åないし約一五〇Åの均一細孔を有し、かつ、バナジウム、クロム、鉄、コバルト、ニツケル、銅、モリブデン、パラジウム、銀、カドミウム、タングステン、白金、水銀、鉛、希土類金属及びそれらの陽イオン及び水素陽イオンからなる群から選ばれた一種又は二種以上の成分を含有する結晶性アルミノシリケート触媒と接触させることを特徴とする炭化水素供給物を変化した分子量及び(又は)変化した構造的配列の炭化水素生成物に昇級させる炭化水素の変換方法。